カノンリベンジ 
――――――――――――――――――――――――――――――

ピアニッシモ炎生

「ねぇ・・・頼むから殺してよぉ。」
少女の頭に響くその声、側には誰もいない。
「もうどうせ長くないんだからぁ、後生だよぉ・・・」
病室で聞いた台詞が耳から離れない。その手にはカッターナイフが
握られていた。その声の主はそれで殺してくれと懇願する。
できるわけがない・・・だって、その声の主は・・・
「お願いだよぉ・・・お姉ちゃん。」
実の妹なのだから。

「はっ!?」
またあの夢だ。まだしおりが生きていた頃のあの夢・・・
学校へ行こう・・・そうすれば、何かに没頭すれば忘れられるから。
学校に着くなり最悪な奴にあう。不幸にも私の席の近くに座っている女、
なゆなゆだ。他の者なら私の頭脳との差を目の当たりにして愕然と
するのだがこいつは違う。自分と対等、いやそれ以下と接している態度を
取るのだ。バカはバカらしく勉強をしてろ。
「おはよう、なゆ。」
「ふん・・・貴様、考えていたな?」
「な、なにをよ・・・?」
バカにしてはカンが妙に鋭い・・・それがこいつを嫌悪する理由でもある。
「ふふん、まぁいい。今の私は実に気分がいい。
 こう、積年の恨みを晴らしたかのようにな・・・」
「ふぅ、相変わらずね・・・」
適当に話しを会わせておこう。
「何だと・・・?まるで私が過去から現在まで変わっていないような
 そぶりだな・・・これでも私は100数年前大学を出ているのだぞ?」
「言葉通りよ・・・」
適当にあしらってその場を去る。しかし気になることをいっていた。
積年の恨みを晴らした・・・?なにかが欠けている気がする。
だけどそれは思い出してはいけない約束事。なぜ?分からない。
「午前は・・・・か。」
左前の席には初音さんが座っている。そこは男子の席だったはずなのに
何事もなかったかのように座っている。なぜ?分からない・・・
私の天才的頭脳をもってしても分からない。あ、目があった・・・
微笑みかけてくる初音さん。だけどその笑みには何か裏がありそうで
思わず目をそらした。成績はなゆと同レベルだろうか。ただ日本史の
成績だけは段ちだ。まるでさも当然かのように、時には先公の解釈を
独自の解法で訂正すらしてみせる。その理由もなんだか迫真に迫るもので
しぶしぶ先公も頷かざるを得ないという、生徒からみたら結構な人気者かも
知れない。今まで退屈だった授業が日本史だけは僅かにざわめく。
私にはそう感じ取れる。
今日は初音さん、どんな風に先生を出し抜いてくれるのかしら・・?
きっと・・・だぜ・・・!
いやいや・・・だよ・・・!
くだらない、実にくだらない。先公の解法通りに解かなければテストの
点数はもらえない。それは私にとって致命的だ。その解法を否定してしまう
初音さんに未来はない。実際、日本史の授業での先公の目、殺意すら
感じられる。元々頭の固い化石のような先公だったからな・・・
戦後の生き証人といったところか?ますますくだらない。初音さんも
それを知っていてそのような事をやっているのだろうか?しかし、
突然立ち上がって流暢に否定するその姿はまるで
「こんなこともわからねーのか?仕方ねぇな、このバカは。」
といった目つきだ。諭すというよりも呆れる。常識が分かっていない事を
教えるかのような教え方は生徒を味方に付け、先公を頷かせるのに十分な
ほどの威力をもっていた。まぁ、いい。私はただただ、受けるだけ。
ふわ・・・
一瞬闇が訪れたのかと思った。私が次の時間の予習をし、目を前に向けると
そこに闇があった。その闇の正体は初音さんの校則違反な制服で
学校側も黙認している。多分家庭の事情とかなんだろう。確かに古風な
出で立ちだしお下がりかなにかなのだろう。
「予習・・・ですわね?熱心な事・・・」
「ええ、分からないということは許せないことだと思わない?」
「私は分からない方がいいこともある、ということを知っていますから。」
初音は不適な笑みをこちらにむけている。気が気でない。こいつは私の
何を知っている・・・・?
初音が腰を下げ私の耳元に口を近づける、そして囁く。
「最弱のピアニッシモさん、貴方はなぜ戦わないのです?」
「!!」
こいつは知っている・・・!確実に私の秘密を・・・!
同様を目の当たりにした初音はくすくすと笑うと席に戻っていった。

「初音さん、貴方はあたしの何を知っているの?」
「ふ、ふふ、ふ・・・もちろん、全てを、
 といいたいところですがそれは正しくはないわね・・・」
どこから情報を入手したというのだ。この女・・・!
私はここが人通りの少ない路地裏だったらどれほどいいかと
切に思った。こんなところで能力を発揮するのは得策ではない。
「貴方はゼロワンさんを知っていますか?」
「ゼロワン・・・?他のクラスの転入生?」
「いえ、このクラスの転入生よ。」
「知らないわ、あたしは少なくとも。」
一体何を言っているのだ?転入してきたのは貴方、初音さんだ。
「そのゼロワンさんが教えてくれたのよ。」
「誰なの・・・!ゼロワンって・・・!」
思わず語調が強くなってしまった。身近にいるなゆが何事かと
眉をぴくりと動かす。目が「さわぐんじゃねぇ。」と言っている。
こいつ、昼はほぼ寝てるのと同じ状態なのだ。
私の能力のお陰で騒音は遮断されているからすやすや眠れるが・・・
「興味がおありのようね?」
「言わなければ・・・」
「殺すの?かつて自らの妹を手にかけたように。」
「・・・!」
頭が真っ白になる。なぜそんなことを知っている?
そもそもあの事件の事は私ですら記憶があいまいでよく覚えていないのに。
ただ、気がついたら手首を切った妹が倒れていただけ・・・・
それからこの能力が目覚めた。
「ふ、ふふ、ふ・・・先生がきましてよ?」
「・・・・」
しぶしぶと席に戻る。次は昼食か・・・初音を学食に連れ込んで
話しをじっくり聞かせてもらうとしようか・・・!

学食・・・そこはすでに戦場と化していた。空腹が絶頂に達した
生徒達で溢れかえり、暴徒の集団となっている。互いに席を奪い合っている。
無謀にもまだ学食の掟を知らない新人一集団がかおりとなゆと初音に
襲いかかってきた。
「デストロイィ!」
「ギャ!」
私のメリケンが男の顔をぶち抜いた。ち、バカ共が・・・ちゃんと
しつけておけ。気分良く昼食を頂こうと思っているのに返り血を
あびてしまっては元も子もない。
「見苦しいわね・・・」
初音が男に手を向けると突然その男がもだえ苦しみはらわたを食い破って
蜘蛛が大量にあふれ出した。気色の悪いもの見せるな・・・
「初音さんやりすぎ、だよ。せめて寝たきりになるぐらいにしておかないと。」
いって逃げ遅れた一人の男の肩をつかみ凍結させる。
あの様子では細胞組織が死んだ。切断は免れないだろう。
「リィ、しつけがなってないね。」
「ええ・・・」
初音は一人考え事をしているようなそぶりをみせ、黙ってついてくる。
二つあいていたので隣の奴を和平的手段でどかし席をつくる。
ちなみに二つあいているのは私となゆの常時使っている席だ。
「なゆ、あんたは座ってなさい。
 あんたに任せると昼食とれそうにないから。」
「ありがとう、リィ。」
「私もお願いできますか?」
「ええ。」
3人分の昼食を器用にもってきてそれぞれに渡す。
さて・・・何から聞かせてもらおうか・・・

「で、さっきの続きなんだけど・・・」
初音は箸をおき、(といってもほとんど食は進んでいない)私の
方をむいた。
「初音さん、貴方はどこらへんにいるの?」
「私はここにいますわよ?」
「そうじゃなくって・・・!組織のどこら辺にいるのか?ってことよ。」
なゆとの間に結界を張っているので声は届いていない。
「組織・・・?存じませんが・・・」
「じゃあなぜあたしについてあんなに知っているの!?」
初音は一呼吸おいて手紙を差し出した。
「PPに次ぐ、最弱の名をかけて不知火、挑戦する。」
手紙、というより紙切れだ。それを読み終えると同時にその紙切れは
突然バラバラになってしまう。
「・・!」
「不知火さんの仕業ですわね・・・ふ、ふふ、ふ・・・
 妹さんの意志を受け継いで受けるのかしら?ピアニッシモさん。」
「女郎・・・・!」
背後に一瞬殺気を感じた。でもすぐそれは消える。
どうやら初音はその挑戦の橋渡し役を引き受けているようだ・・・
「どうするのかしら?貴方はそれを受けるの?」
「それだけの価値がそれにあるというの?」
私の問いに初音は眉をぴくりと動かす。
「え・・・?」
「言葉通りよ。」
その初音の驚嘆はもちろん、私の台詞の意味が分からなく
言ったわけではないだろう。むしろ意外とか予想外とかそういった事に
向けられた言葉だ。
「貴方が悩む・・・?情報とは違う・・・」
あらかた聞いていた話と違って私の事を決闘好きとか誤った
解釈をされているのだろう。私は決闘が好きなわけじゃなく、
虐殺が好きなのだ。一方的な虐め、圧倒的実力差を見せつけることに
快感を覚える。
「まぁいいわ。受けると言っておいて。」
「では、追って場所を聞いておくわ。」
いって初音は席をたった。半分以上昼食を残している。
そんな食事でどうやってあの体型を維持できるのだろう?
それを知るのはかなり後になる。

「なゆ、もう放課後よ、あんた部長でしょう?」
「うにゅー、眠いー・・・」
私は能力であたりの温度を下げる。これで多少目も冴えるだろう。
はぁ、なんて利用できるものの扱いがうまいんだ、私は。
「くー。」
「言ってるそばから寝てどーすんのよ・・!」
なゆを起こそうと色々試しているうちに奇妙な取り合わせを見つける。
あれは、この学校を裏で仕切ってる影の総番長さゆり・・・?
それとそのガード、舞・・・に初音・・・
どういう組み合わせだ・・・?大体なんで高学年とつるんでいる?
私はなゆを起こすことをあきらめ能力を飛ばすことにした。

「で、決闘は受けてくれるっていってくれたんですかー?」
「ええ、喜んで受けるといっていたわ。」
「あははーっ、それならいいんです。
 あの最弱ピアニッシモを殺すまたとない機会ですから。」
こいつら何をいっているの・・・?私を殺す・・・?
「さゆり、たてつく奴、許さない。」
目に生気がない、こいつはさゆりの腰巾着の舞。その剣術の腕を
買われて金で雇われてるという噂の不良という噂だ。
ま、火のない所に煙はたたないっていうしね・・・あっているんだろう。
「で、例の件だけど・・・」
「もちろんわかってますよーっ。活きのいいのをさゆりが
 丹精こめて選びましたから。後日、そちらに届くはずですよー。」
「貴方のような話しの分かる人間がいて
 私も人を見る目が多少だけれど変わったわ。」
「さゆり以外の人間はカスですから気をつけてくださいね。」
「・・・・」
舞の顔がぴくりと動く。すらりと剣を抜き、そしてゆっくりと振り返る。
「あははーっ、舞、気付きましたかー?」
「いる。」
てっきり仲間割れでも起こすのかと思ったが違う・・・!
私の精神体に気がついたのか・・・!戻さなくては・・・
だが私は自分の意志とは裏腹に一人歩きする能力の鼓動を
感じていた・・・そして感覚はとぎれる。

「こんにちわ、さゆりさん。会うのは初めてだけど何度か見てましたね。」
「さ、最弱・・・ピアニッシモ・・・!」
明らかに動揺している。情報通のさゆりが何らかの情報を得ていても
おかしくないがここまで恐れる理由はなんだ・・?
「ん、私の名前なんてどうでもいいことです。問題は・・・」
ヒュン・・・風が吹いた。ドゴォ!さゆりの超人的反応で
その迫り来る見えない風圧を防ぐ。
(こ、こんな奴、相手にしてたら命がいくつあっても足りない・・・!)
「貴方の事です。貴方が執拗に狙っているピアニッシモの事・・・」
「く・・・」
「貴方はここ数日どうしていた?」
かおりから抜け出た精神体、しおりは間合いを少しずつ詰めていく。
「そ、それは・・・」
「まさかこの私より抜け目ねー性格で私の包囲網を
 かいくぐってたとかいうんじゃねーだろーな?」
「・・・」
隣にいる舞と初音もその圧倒的雰囲気に動けない。分かっているのだ。
こいつはもし不審な行動を起こせばなんのためらいもなく自分を殺すだろう。
しかし、敵意は感じられない。下手に動いてさゆりの立場を悪くするのは
得策ではない。
「さゆりはただ、この力を使って復讐を・・・」
自分に正直なさゆりは本音を思わず言ってしまう。
「はっ!」
しおりがバカにしきったように鼻をならす。
「てめーはそんな事に能力を使っていたのか?むしろ、
 自分に人を復讐する理由や資格があると思っているのか?」
「あるに決まってます。」
自信満々に言い放つさゆり。やれやれと肩を落とすしおり。
「君はただの女の子だ。そんな使いようによっては世界を
 牛耳ってしまうような力なんてあるわけがないんですよ。それは
 君の能力などではなくただの借り物ってことなんですよ、これが!」
最後のこれが!に微妙に力をいれ言い放つしおり。明らかに
さゆりを罵倒しているのにそれに反論できないでいるさゆり。
さらに続ける。
「君がやっていたそのくだらねー復讐とやらは他人が血を吐くような
 思いをしたり身を削る思いで成し遂げようとしていることを
 だってムカツクんだもん、とだよもん星人ばりに言った挙げ句、
 苦労もしないでそれを成そうとしてることに他ならないんだよ。
 それを元から持っていない人間の葛藤は比べ物に
 ならねーつーよーな事をいいたんだな、これが!」
「・・・」
「てめーに幸運にも与えられたその力は人に復讐するもんじゃない。
 てめーを生かすためにつけられた能力なんだよ。私のいた組織では
 それをオロチの力と呼んでいた。生まれつきそれが備わっていた奴は
 物心ついたときから周りから疎まれる。それでも復讐とかそんなことは
 しなかった。それに比べててめーは1週間程度だろう?
 それで復讐なんておこがましいとはおもわねーのか?んん?」
ここでしおりは一つ嘘をついた。実際、オロチの血を持つ奴が裏で暗躍していたのは
事実で復讐よりも残虐な事をしていた事実もある。しかしこの時、さゆりに正常な
判断能力はなく、ただただ黙ってその話しをきくことしかできなかった。
「が、幸いだった。どうやらてめーの行動の原因も元からそういう性格だったからみてーだからな。
 親父さんに感謝しとけよ、その力がなければ遅かれ早かれ周りの圧力に潰され死んでいるだろう。」
「あ、あなたは・・・さゆりをどうするつもりなんですか?」
しおりはふふん、とせせら笑う。悩むふりをして何も悩んでなどいないというのが
一目瞭然だ。
「さぁ、どうしましょうか?危険人物としてブッ殺してもいいですし、
 このまま泳がせて情報調達するのもいいでしょう。」
あきらかに面白がっているしおりの様子にさゆりは間髪入れずいった。
「お願いです!殺さないで!」
「しかし、私の仕事は殺すことなんですけどね。」
「でも、でもさゆりは悪くないですっ。」
「過去に私が消滅させてきた存在には悪くも何ともない奴だっていた。
 ただ、私の最弱の称号を奪う恐れがあったから存在を抹消した、君はどうかな?」
一瞬の間があく。ここでピアニッシモの機嫌を損ねたらその時点で殺される、
そんな思いがあった。かといって生半可に適当な事をいい失望させても殺される。
さゆりは意を決して言い放った。
「それを言ったら、世界に最弱になりえない存在が消えることがあると思いますか?
 さゆりは思いません。どんな物でも、どんな方でも一歩間違えば最弱になりうると思います。」
しばらくの間・・・さゆりは手応えを感じていた。いける、このまま論破すればいける、と。
「それは自分の事をふまえていっているのですか?」
「そうです、だってさゆりはちょっとおバカなただの女の子なんですから・・・!
 それでもこんな事になってしまいました。つまりそれは誰にでもあり得ること、違いますか?」
ふむ、とピアニッシモは頷く、次の問を考えているようだ。蟻地獄でもがく蟻をみて楽しむかのように
次はどの質問をして苦しめてやろうか、と。
「では誰のせいだと思う?」
「それは・・・テメーのせいに決まってんだろうが!このド低俗女郎がッ!」
さゆりは自分がお嬢様を振る舞っていたことも忘れ顔を激しく紅潮させ怒鳴り散らしていた。
周りの視線が冷たい・・・

「・・り・・・かおり・・・起きろ。」
耳元で不気味なほどのカリスマを発しながら囁かれる声に思わずがばっと跳ね起きる。
そして間髪いれずに問いただす。
「どれくらいなの!?」
「何が?」
「あたしはどれぐらい気を失っていたの!?」
「30分程度だよ。気になるのかい?せんぱぁい。」
「おない年でしょ・・・てこんな所でぼけてる場合じゃ・・・!」
かおりは気付いていた。自らの内包する力が奴らを挑発しにいったことを。
だが、まだ奴らが自分の元にたどり着くには時間がかかるはず、それまでにここを抜けられれば・・・

数分後、かおりとまいは正門で対峙していた・・・
すでに待っていた、という様子で息も乱れていない。実のところさゆりの魔法で
吹っ飛ばされたのだがその超人的耐久力でそのそぶりを見せないのだ。
「・・・・正々堂々一人で来るとは気に入ったわ、名のりなさい。」
「舞・・・お前の幽波紋、もらいうける・・・!」
すらりと剣を抜く。その剣の輝きは鈍い、がそれでも相手に恐怖を与えるには十分だ。
そして近くで吼えていた犬を・・・
惨。
殺した。
「うるさい。」
「・・・!女郎・・・ッ!」
かおりの精神が高揚すると同時に呼応するかのように体の回りに気のようなものが
張り巡らされる。彼女はすでにただの天才ではなくなっていた。
全てにおいて天才となったのだ。つまり格闘技全般においても、同様!
「シャァッ!」
かおりの手刀が舞の頬をかすめる。一筋の血が制服を汚す。
「手前如きにしおりを呼ぶ必要もないわ・・・そう、言葉通り。」
制服のうちポケットからメリケンを取り出し装着するかおり、もうすでに
どっちが悪でどっちが善なのか分かったものではない。今までは正当防衛だったのが
単なる殺し合いに成り果てたのだ。
「シャァァァ!デストロイィ!」
メリケンを拳に装着したその凶拳が舞の顔面に容赦なく迫る。
ドゴッ!
凶拳が顔面に炸裂したと同時にその親指で相手の眼球をえぐり取ろうとする。
過去、ストリートファイトがまだ無法地帯だった頃の常套手段である。
「手前ェのその陰気クセェ顔面を華々しく彩ってあげるわッ!」
「それはすでに、覚えている。」
「!?」
今まさに目をえぐられるというところでかおりは謎の衝撃波でその手をはじき飛ばされた。
なに・・・?あの体勢からどうやったらあのような衝撃を繰り出せるのだ・・・?
天才が故に分からないことが許せない性分のかおりにとって今まさに舞の先ほどの攻撃は
決定打となり得た。
「相手が戦いから集中力が途切れたとき、勝敗はすでに決している。」
懺。
「ばかな・・・このあたしが・・・ッ!?」
とても重い一撃が腹に入った。鈍器で殴られたような感触だ。
そして口から止めどなくあふれ出る血が彼女にもう助からない、そう宣言していた。
「さゆりを怒らせる奴は、許さない。」

意識が遠のいていくはずなのに、鮮明に。
力が入らないはずなのに、充実していき。
視界がぼやけていくはずなのに、くっきりとしていく。
この感触、この充実感、かおりは人を越えた実感を感じていた。
「しおりんずレッドォォォォォ!」
「おせーよ。」


呼びかけに応じピアニッシモが召還される。
登場した瞬間から文句を言っている自我を持った幽波紋なのだろう。
「相手に、これからがなくっても?」
「それならちょうどいいかも知れませんね、これがッ!」
口からあれだけ吐血していたのにすでに体調は万全に戻っている。
あたりは夕闇につつまれ始めていた。夜が近いのだ。
「なゆの奴・・・あたしに内緒でこんな小細工しかけておくとは隅にオケネェヨナァァァァ!」
「まったくです。」
舞がしばし唖然とする。確かにデッドリーストライクが急所に入った。
人間ならば死に至る一撃のはず。だということはこいつは人間ではないということ。
「吸血鬼さん。つまり、魔物・・・!」
「しおり!」
突進してきた舞の剣が目前まで迫る。そしてそのまま大上段からの一撃。
それはいつまでたっても振られることはなかった。
コリコリコリ・・・
「・・・!」
しおりが舞の首筋を手で押さえている。それだけで全身の動きが止まった。
「さっき魔法で飛んできた、といっていましたね?
 実は私も魔法が使えるんですよ。どうです?見たいでしょう?」
「いや、いい。」
「見なければ殺す、といったら?」
「・・・・!」
本能が察している。こいつは殺すことに何のためらいもない、しかし同時に敵視するほどの
相手でもない、つまり自分の存在は道ばたにいる虫けらだ。踏むも避けるも相手次第。
なんとかして、注意をそらさなければ。
「どうします?」
「きりんさんが好き。でもぞうさんはもっと好き。」
「・・・・」
「・・・・」
その場が白け、戦いは中断されたのは言うまでもない。
しおりは舞が去っていく方を見つめている。
「ふふん、いいでしょう、不知火。お前がこれから生き延び続けるならばいずれ
 私に再びあうこともあるでしょう。その時までその最弱のギャグセンスは預けておきます。」
その顔はすがすがしく、まるで最弱を目指していることの方が自然に思えてくる横顔であった。

ピアニッシモ炎生 END